全ての医学生に対する地域医療教育
筑波大学での医学教育カリキュラムの特徴の一つに、体系的な地域医療教育の実施があります。私たちは、茨城県および地域と連携して、6年間を通じた体系的な地域医療教育プログラムを提供しています。これは、低学年での早期体験実習や高学年での地域における臨床実習をばらばらに実施するのではなく、入学後から繰り返し有機的に関連づけて実施することで、地域医療の現状と魅力を繰り返し体験・実感させることをねらいとしたものです。
卒前医学教育のminimum requirement である医学教育モデル・コア・カリキュラムでは、地域医療教育の重要性が強調されています。私たちも今までに築いてきた地域医療教育の経験をもとに、さらなる教育効果の向上のために日々奮闘しています。
プログラムの詳細
私たちが担当している地域医療教育プログラムの詳細をご紹介します。
1年次
2年次:医療概論Ⅱ
3年次:医療概論Ⅲ
4年次前半
5年次後半~6年次前半
1年次
医療概論Ⅰ
入学して間もない時期に実施し、将来医師になる者としての自覚を持ちながら学習する態度を身につけることを目的とした医療概論の導入コースです。医療倫理や患者医師関係を考える事例シナリオを用いた小グループ討論(問題基盤型テュートリアル方式)により学習します。入学生は、医療の様々な側面を知り、患者の思いや立場に配慮しながら学ぶことの大切さを理解すると同時に、テュートリアル学習を行う上で基本を修得します。地域医療教育学/総合診療科の教員が、全体のコーディネートに関わる他、インフォームド・コンセントのテーマのシナリオを担当しています。
医療・福祉施設でのふれあいなど
附属病院での外来エスコート実習、高齢者妊婦体験、模擬患者とのコミュニケーション実習の他、実際に県内の地域の福祉現場に出かけ訪問看護・特別養護老人ホームなどで看護・医療関係職種の仕事を手伝い、地域の施設における様々な職種の仕事を体験する実習などを行います。
2年次:医療概論Ⅱ
1.地域医療在宅ケア
臨床医学の学習をはじめる直前の医学生が履修する、地域医療・在宅ケアをテーマにした講義、テュートリアル、実習から構成される本プログラムの企画・実施を地域医療教育学/総合診療科の教員が担当しています。
家庭医療学
家庭医療学のコアの概念である患者中心の医療の方法、生物心理社会モデルについて講義+演習方式で学びます。
テュートリアル
在宅ケアをテーマとしたケースシナリオを用いて、患者・家族のサポートについてテュートリアル形式でグループ討論を行います。患者・家族の生活や思いを想像しながら、今後の療養方針をたてるために更にどんな情報が必要かを討論し、具体的なケアプランを立てる中で、在宅の現場で患者・家族をサポートする様々な医療福祉専門職の役割について理解を深めることを目的としています。
地域医療早期体験実習
夏休み期間を用いて、地域医療実習として地域医療教育ステーションをはじめとする茨城県内の施設において、実際の地域で在宅ケアを含むプライマリ・ケア(診療所、小病院及び介護施設など)の1日間の実習を行います。
2.プロフェッショナリズム
なぜ医師になりたいと思ったのか?、医学生として信頼に値する行動は?などの問いかけから、臨床教育現場でよくある場面の事例検討を通じ、医師のプロフェッショナリズムについて学ぶ講義と演習のコースです。終了時に2年次の医学類学生としての自分の行動規範を記す、医学生としての学習の節目となる演習を、地域医療教育学/総合診療科の教員が担当しています。
3.茨城県立医療大学との合同Team-Based Learningによる職種間連携教育
脳卒中になった患者の急性期・慢性期のケアをテーマに、小グループ討論テュートリアル形式で模擬ケアカンファレンスを行います。県立医療大学保健医療学部4学科(看護、理学療法、作業療法、放射線技術科学)2年生と合同で半日かけて、多職種混成グループで事例を検討し、ともに学びあいます。職種間連携教育を専門とする地域医療教育学/総合診療科の教員らが全体の企画・実施を担当しています。
4.行動科学入門
医療者としてキャリアを切り開いていくため、ストレスのメカニズムとライフサイクルの観点から自身の状況を把握し、心身の健康を振り返り、健康の維持向上に取り組むことができることをねらいとして、心の発達、ストレスマネージメントなどについて講義・演習を行います。地域医療教育学/総合診療科の教員がコーディネート・講義を担当する他、本学の精神科医師とも連携したプログラムも含まれており、独自に開発した自殺予防プログラム(Crisis intervention, Anti-stigma, and Mental health literacy Program for University Student: CAMPUS)もこのコースの演習において実施します。
3年次:医療概論Ⅲ
1.行動科学・行動医療学
行動理論に基づき、地域住民や患者、家族に対し、そのライフサイクルをふまえ、健康を維持向上するための助言を行うためのプランを提案することができるようになることをねらいとする、医療概論Ⅱ行動科学入門の延長上の学修に位置づけられるコースです。
地域医療教育学/総合診療科の教員がコーディネート・講義・演習を担当し、学生は行動変容、ヘルスリテラシーなどの基本的な理論を学ぶとともに、健康の社会的決定要因など人の健康の背景になる生活、社会に視点を広げることについても学びます。セルフケア支援の対象者の価値観や人生、生活背景を想像する演習では、本学人文社会系の医療人類学分野の教員と協働しています。
2.地域ヘルスプロモーション
地域住民が健康で豊かな生活をするには、医療というセーフティネットだけでなく、健康を維持し続けることが必要です。本コースでは、地域の健康増進のための医療者の役割を理解し、実施のために必要なスキルを修得することを目的として、学生が自ら地域の現場で健康教育を行うことが特徴です。複数のテーマから自分の興味のあるテーマを1つ選択して、3日間かけて地域で実施する健康教室の企画・準備を行った後、実際に地域の現場で、地域コーディネーターの指導の下、学生自ら健康教室を実施します。
地域医療教育学/総合診療科の教員はカリキュラムの運営や地域コーディネーターの指導サポートを行う他、青年期を対象にした適切な飲酒をテーマにした健康教育の指導を担当しています。
この他のテーマ例:循環器病予防、フレイル予防、幼児の口腔機能育成、メンタルヘルス対策 ほか
3.ケア・コロキウム(多職種連携教育)
医学群3学類(医学類・医療科学類・看護学類学生)と東京理科大学薬学部の学生で構成された小グループで、チーム医療・患者のケアをテーマとした討論をPBLテュートリアル方式で行う1週間のコースです。職種間連携のために必要なスキルを学ぶことを目的としており、私たちは地域医療の実際の事例に基づく臨場感のあるシナリオも複数提供しています。また、リーダーシップ、話し合いの進め方など医療者のノンテクニカルスキルに関する講義・演習も行っています。
4年次前半
1.クリニカル・クラークシップ準備教育
症候・病態からのアプローチ
頭痛・嘔気・意識障害・全身倦怠感・下痢便秘、めまいなどの主要な症候について、臨床決断や鑑別診断の考え方を含めて学ぶコースで、地域医療教育学/総合診療科では、Team Based Learning方式などの能動学習の方法を積極的に取り入れた演習をしています。
小活講義
3年次までで基礎医学、臨床医学、社会医学の一通りのコースが終了した後、4年次で臨床実習前に学ぶべき項目をテーマに組まれている講義です。地域医療教育学/総合診療科では、「老化」の講義を担当しています。
診察法演習、Preクリニカル・クラークシップ
臨床実習に必要となる技能としての演習・実習を行うコースで、地域医療教育学/総合診療科では、EBM演習の他、診察法演習として医療面接、身体診察総論、バイタルサイン、診療録記載、プレゼンテーションなどのクリニカル・クラークシップに進む前に必要なスキルを学ぶための演習を行います。
2.医療概論Ⅳ
上記の診察法演習において基本的な医療面接のスキルを学んだ上で行う、医療面接アドバンストコースとして位置づけられるインフォームド・コンセントを意識した模擬患者さん参加型の医療面接実習を、地域医療教育学/総合診療科教員がコーディネートしています。また、地域医療現場での事例を用いた臨床倫理の演習や、遠隔診療・オンライン診療の実践に関する講義および演習も行っています。
5年次後半~6年次前半
1.必修クリニカル・クラークシップ/医療概論Ⅴ
全員の学生に対して、附属病院総合診療科(1週間)と県内の診療所・中小病院での実習を組み合わせた4週間の茨城県内の地域医療実習を行っています。
附属病院総合診療科実習では、臨床推論のトレーニングを重点的に行う他、外来実習においてビデオ撮影を行ってフィードバックを行う演習、EBM・緩和ケア・コミュニケーションに関する演習も取り入れています。また、筑波メディカルセンター病院の外来や緩和ケアでの実習も行っています。
また、医療概論Ⅴとして、地域医療教育ステーションをはじめとする茨城県内の実習協力施設(診療所・小病院)において、地域医療の第一線で保健・医療・福祉のすべてのフェーズに関わり、地域医療について広く学ぶ3週間の地域滞在型実習を行っています。教育のフィールドについては、地域包括ケアを広く学べるように、医療機関以外の実習(地域診断、多職種実習、住民との対話、健康教育実習など)を取り入れています。
地域医療教育学/総合診療科のスタッフの多くが、大学教員として地域医療教育ステーションの診療も行っており、地域現場の多職種スタッフとともに学生教育を担当しています。
4週間の必修クリニカル・クラークシップ/医療概論Ⅴの実習初日と最終日は大学にてオリエンテーションと総括を実施しています。初日には健康の社会的決定要因(SDH)に関する講義+演習、そして地域の現場での生活者としての患者像やその人生の枠組みを捉えるための医療人類学的なアプローチに関するレクチャー教材の視聴をとりいれています。 学生には「4週間の実習で出会った人に対して、健康に影響を与える背景要因について情報収集、考察すること」の課題を出しています。最終日の総括では、地域医療教育学/総合診療科の教員のファシリートの元で小グループでのSDH事例発表会を実施しており、教員と学生が学び合う場にもなっています。
また、実習最終日に学生が「実習の学びにつながった最も印象に残った出来事」について、その場面をイラストで表現するSignificant Event Illustration(SEI)というプログラムも実施しており、学生が学んだことを意識化・言語化し、互いに学びを共有する良い機会となっています。
2.選択クリニカル・クラークシップ
臨床実習の後半(通常のほぼ全ての診療科におけるクリニカル・クラークシップを終了した時期)に、じっくりと学びたい診療科を選び実習するもので、総合診療科では、総合診療・地域医療に関する分野でより重点的に学びたいテーマ、フィールドについて個々の学生のニーズにあった実習を教員と相談した上で計画、実施します。北海道から沖縄まで全国の様々な地域で活躍する医療機関で実習を受け入れていただき、学生は大きな学びを得ています。この実習で学んだことについて、6年次7月に学年全体でクリニカル・クラークシップポスター発表会を行っており、学生は地域医療の現場での学びを担任教員の指導のもと時間をかけてポスターを作成し、発表しています。
実習協力施設の例
本輪西ファミリークリニック、更別村国民健康保険診療所(北海道)、水戸協同病院総合診療科、筑波メディカルセンター病院緩和医療科(茨城県)、国立病院機構栃木医療センター(栃木県)、東京ほくと医療協同組合(王子生協病院ほか関連診療所)、あおぞら診療所うえの、大島医療センター、神津島診療所(東京都)、あおぞら診療所、わざクリニック(千葉県)、川崎セツルメント診療所、あさお診療所(神奈川県)、諏訪中央病院総合診療科(長野県)、御前崎家庭医療センター、森町家庭医療クリニック(静岡県)、揖斐郡北西部地域医療センター(岐阜県)、オレンジホームケアクリニック(福井県)、隠岐島前病院(島根県)、HITO病院(愛媛県)、長崎県上五島病院(長崎県)、沖縄県立宮古病院、沖縄県立八重山病院附属波照間診療所、西表診療所(沖縄県)
(実習受け入れ施設のスタッフの皆様、ご指導を誠にありがとうございます)
クリニカル・クラークシップポスター発表テーマ例
- 島しょ部における、ADL が低下した高齢者に対する退院支援の障壁となる因子の検討〜
- 国際生活機能分類(ICF)を用いた考察
- 透析への対応から考える離島医療のあり⽅
- 離島における地域的特性と災害医療の特徴
- 重症心身障害児を持つ母親のケアについて
- 家庭医療の現場における患者受診理由の検証
- 離島医療に携わる医師の生涯教育について
- 松戸市における医師によるアウトリーチの取り組みから考えるセルフ・ネグレクトの患者に対するアプローチ
- 有床診療所の現状と直面する課題
- 都市部で活きる家庭医の専門性 -川崎市内の地域比較からみえたこと
令和5年度
優秀ポスター賞を受賞した学生(福井 篤さん)のポスター
6年次
1.自由選択実習
将来のキャリアを念頭におき、学生自身が実習を計画する期間で、地域医療・僻地医療現場に興味を持つ学生は、それに即した実習を行っています。医学類で実施する選考会に合格した者は海外の施設で実習することができます。その際地域医療教育学/総合診療科の教員がメンターを担当し、実習のサポートをしています。
2.総括講義
卒業前の4ヶ月にわたる講義シリーズです。私たちは医療総論コースにおいて、EBM、生活習慣病とリスク、災害医療におけるプライマリ・ケアの講義を行っています。
複数学年対象
1.研究室演習(地域医療教育学)(1-4年次)
地域医療、家庭医療やその研究に興味のある1-4年次が受講できるプログラムです。月2回集まり、疫学・統計学に関する勉強や関連する論文の抄読会、自分の研究計画を立てて実践する演習を行っています。さらに、夏休みなどの期間を利用して地域医療教育ステーションなどでの実習・フィールドワークも行っています。活動の成果は日本プライマリ・ケア連合学会学術大会等で精力的に発表もしています。
2.総合診療塾(1-6年次)
総合診療・家庭医療の実践に必要な概念を学ぶプログラムです。毎月1回90分の参加型のワークショップ形式のプログラムをオンラインで開催しており、筑波大学学生のみならず、興味のある全国の医療系学生が参加可能です。テーマとしては、家庭医療学のコアの概念である「患者中心の医療の方法」や、総合診療実践のために必要な知識を習得するための「臨床推論の基本」「アルコール問題」「ポリファーマシー」「EBM」などを扱っています。
全大学全学年から参加可能ですので、興味がある方はこちらから申し込みをお願いします。